「プロローグ」

 

       そこは牢獄であった。鉄格子の奥には少年がいる。とても大柄な少年。
      常人ならぬ身長のその少年の体には、いたるところに傷がある。囚人用と
      思わしき衣服のそでから見える太い腕は、切り傷やすり傷にまみれていた。
      しかしその迫力ある肉体とは裏腹に、その表情はやたらと無邪気に見える。
      実年齢は17〜18歳であろうが、もっともっと幼く見える。
      少年は爽やかな笑みを見せる。

 

       牢の前には少女が一人、鉄格子を挟んで少年を見つめている。
      少年と同じぐらいの年齢の美少女。少年はこの少女と話をしていた。
      楽しそうに会話をする二人。実際には同い年ぐらいであろうが、少年の表情が
      あまりに無垢なため少女の方が年上に見えてくる。
      二人は一日中、こうして鉄格子を挟んで楽しく会話をして過ごす。
      少年は時に、同じ話をする。それでも少女は初めて聞くかのように合わせてあげた。
      楽しそうに話す少年を見ていると、少女もまた嬉しくなった。

 

 

       少年はここがどんな場所かも分かっていないようであった。
      牢獄・・・本来ならば忌み嫌われる場所なのであろうが、彼は嫌悪感など微塵
      も感じてはいなかった。むしろ快適な、楽しい場所だと感じていた。
      この狭い世界から出たいとも思わない。
      出たところで、何か楽しいことが起こるとも思えない。
      それどころか、なぜか嫌なことが待っているような、そんな気さえしていた。
      だから決して「出たい」とは言わないし、思いもしない。

 

 

       誰かが来る。気配を察した二人はその方を向く。姿を現したのは少女。
      これまた同い年ぐらいの少女であった。彼女は険しい顔をしていた。
      少年と話をしていた少女も、彼女の顔を見ると表情を曇らせた。
      少年だけは変わらず無邪気な笑顔で、新たに来た少女を歓迎する。

 

少年  ねぇ、聞かせて。

 

       最初からいた方を少女A、今来た方を少女Bとしよう。少女Bは険しい顔の
      まま、牢の前まで歩み寄る。彼女は両手に何かを抱えていた。布で巻かれた
      やや薄く長いそれは、とても重そうに見える。もしかしたら、この少女の身長
      より長いかも知れない。少女はそれの片端を下ろし、反対の片端を鉄格子に
      立てかける。縦方向になり、それが少女の身長よりも長いのが分かる。

 

少女B ・・・・・。

 

       少年の顔を見つめる少女B。念を押すかのように確認する。

 

少女B 聞きたい?
少年  聞きたい。

 

       笑顔で即答する少年。少女が始めたのは、ある戦士の話だった。
      その戦士は強かった。途方もなく強かった。精鋭部隊の先陣として多くの敵を
      討ちとった。彼の武勇伝はそのどれもが凄まじく、人間離れしていた。
      少年は彼女が話す内容に、どんどんと引き込まれていく。
      と、突然、少女Bは口をつぐむ。

 

少女B ・・・・・。
少年  で?で?続きは?聞かせて。
少女B ・・・まだ思い出さない?
少年  ん?
少女B ・・・・・。

 

       少女Bは再び、戦士の武勇伝を話し始める。戦士はその風貌も凄まじかった。
      人並み外れた体格で、戦場にて幾本もの矢が刺さったまま戦ったという。
      見た目や耐久力だけではない。その攻撃力もまた、人とは思えぬほどの
      凄まじさであったという。並の武器では彼の力に耐えきれず、すぐに
      壊れてしまったほどに。

 

       そんな彼が愛用していたのは、「大斬刀」という名の巨大な刀であった。
      青龍刀のような形だが、大きさは尋常ではない。人の身長ほどもあるらしい。
      彼がこれで一振りすれば、何人もの敵が斬り飛ばされたという。
      本当か嘘かは分からないが、少年はますます興味を惹かれていく。

 

少年  そんなに強かったの?
少女B うん。強かった。でも彼は強過ぎた。人を殺し過ぎた。多くの人から憎まれて、
     恐れられて・・・でも、それでも彼は戦い続けた。多分、辛かったと思う・・・。
少年  ・・・かわいそうだね。
少女B ・・・そうだね。
少年  でも、しょうがないか。
少女B ・・・しょうがないかどうかは・・・分からないけど・・・。
少年  続きは?あるんでしょ?
少女B 続き?あるよ。
少年  聞かせて。
少女B それは・・・あなた次第。

 

       少女Bは、持ってきた長いものの布を外し始める。少しづつ姿を現していく
      中身。それを見ていた少年の様子が変わっていく。隠れていたそれの全貌が
      明らかになった時、少年の脳裏から何かが溢れてきた。
      それは決して心地良いものではない。むしろ極端に不快で、おぞましい記憶で
      あった。少年は目を背ける。溢れかけた何かを必死に抑え込む。

 

       少女が持ってきたそれは、巨大な刀であった。戦士が愛用していたという
      「大斬刀」という武器が実在しているとするなら、まさにこんな形をしていた
      であろう。

 

      時は遡る・・・